言葉を紡ぐ 

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●この冬期講習中に久しぶりに小学生の作文を指導しました。

今回の授業のテーマは「とにかくいっぱい書こう!」

結果的に80分の授業4回で、小学生5・6年生が原稿用紙12〜3枚くらい書きました。

いっぱい書かせるためのコツは、へんに「正しい書き方」を教えないこと。

「漢字の間違いとか原稿用紙の使い方なんか気にしなくてもいいから、体から出てきた言葉はみんな書いちゃえ!」と指導します。

ただ、それと同時に言葉を紡ぎ出す時の「きっかけ」となる指示も忘れないこと。

それはたとえば「ことがらを時間の流れに沿ってなるべく具体的に書いて」であったり、「五感が感じ取ったことに注意して読んだ人がその場にいるような感じになる文にして」であったりします。

この「きっかけ」さえ適切に与えてあげれば、あとは毛糸玉をスルスルとほぐすように言葉があふれ出てくる。

言葉さえたくさん出てくれば、あとはそれを文化的な枠組みとしての「文章の型」に入れてあげれば、簡単にいわゆる「きちんとした作文」になります。

今の作文教育は毛糸玉のほぐし方も教えずに「思った通りに書きなさい」と放り出して生徒を途方に暮れさせ、やっとでてきたわずかな言葉を「正しい書き方」で矯正して、生徒の言葉を紡ごうとする意欲を後退させている。指導の勘所を間違っているのではないか。

今回の指導を通じてそんなふうに思いました。

コメント

親の役割

>いなへ

いつもいつもどうも。

自分も親の立場として息子君の作文を読む時が来ると思うけど、そのときに自分がどう反応するのかちょっと楽しみ&不安(^^;)

客観的に見ることができるのか? そもそも客観的に見るべきなのか?

直したくなるだろうけど、ここはグッとこらえて直さないようにしよう。そう今は思ってます。

旅行記は読みたいねぇ。

ぜひ今年はblogデビューを果たして下さいな。

それでは。

小学校低学年の私が書いた作文が、実家に置き去りにしていた私の「箱」からでてきた。

家族の日常を書いたものを、小学校の国語の教諭だった母が直してあるんだけど、直す前のほうが100倍よかった。

書かれている母の口調が、今も変わっていなくて笑える。

私の作文力の基礎は、たぶん休学旅行中の日記。9ヶ月間毎日、A4ノート見開きちょうどいっぱい(約4000字)に書き続けた。

それを、該当する日付どおりに、ブログでアップしたら面白いかな、なんて、昨日思いついた。ま、どうなることやらですが。携帯もネットもユーロもなかった、国境が固有の文化を育んでいたころの話。

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