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石井秀明

Author:石井秀明
 コミュニケーションに関する研究・実践をとおして、あなたの「なりたい」と「やりたい」をカタチにする(有)コミュニケーション・ラボ代表。現在、小中高一貫教育の「学習塾ブレス」と小論文通信添削講座「論文オンライン」を展開中。

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坂東眞砂子氏に感謝する(その1)

neko1-8.gif


●えーと、まず最初に言っておきますが、この記事のタイトルは、今回問題となった坂東氏のエッセイの内容に対して賛同し、よくぞ言ってくれた、という意味のものではありませんので、そこんとこヨロシク!(笑)

早とちりして、「この鬼畜!」みたいなコメントはしないでくださいね~(^^;)

では、なぜ「感謝する」なのか?

(それをこれから書いていくわけだけど、まずは坂東氏がどんなエッセイを書いたのかを知らないと、これから言うことがチンプンカンプンになると思うので、未読の方は、『ここ』『ここ』で、今回問題となったエッセイをお読みください。また、将来のことも考えて、この記事の「続きを読む」以降にもエッセイ全文を掲載しておきます)

じつは、このエッセイ、「教材」としてたくさんの使い道があるんです。

もちろん「反面教師」としての使い道なんだけど、ボクのように生徒に何かを教える立場の者にしてみれば、それこそいろんな場面で使える非常に便利な教材で、「こんなに使える教材をどうもありがとう」という意味で、「感謝する」というわけです。

まず、このエッセイ。「論理的思考」を鍛えるのに、ムチャクチャ役立ちます。

多くのの人にとって、このエッセイは、不愉快きわまりないものでしょう。

こういう文章は、読者に激烈な反応を引き起こします。

ただ、ややもするとその反応は、非常に感情的なもので、多くの人は、このエッセイに対する強い嫌悪感を、短い言葉でたたきつけて終わりにしてしまう。

たとえば、

「何だこいつ、ムカツク!」「こんなヤツ人間じゃない!」

といった感じで、あとは罵詈雑言の嵐……

この事件が起こった後、ボクもいろいろ他のブログを見たりしたけれど、記事の内容は圧倒的にこのパターンが多かった。

たしかに心情的には分かるんだけど、実際問題として坂東氏や日経新聞に今回の記事に対して何らかの対応を求めたりするのであれば、感情的な反応だけでは物事は解決しません。

ケンカは冷静な方が勝つんです。(^^;)

世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。
動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。


こう書いてある以上、彼女は罵倒されることなど予想しています。

だからこのエッセイに対して「鬼畜!」「人でなし!」と罵倒するのは、ある意味、彼女の思うツボ。(-_-;)

むしろ彼女の弱点は、言葉を重ねて(=論理的に)自分の行為を正当化しようとしているところなんです。たとえば、

獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか


→では、子猫の命を「人間の都合で」奪うことは許されるのか?


この差(石井注:不妊手術と子猫殺し)の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。


→ならば、なぜ「子猫殺し」の方を選択したのか? その根拠は?


獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている


→ならばなぜ、猫を飼う?
→坂東氏にとって子猫殺しは「生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺す」といった類の問題なのか?



こんな風に、彼女の文章を読んで、「何だそりゃ? おかしいぞ!」という怒りの感情が出てきたら、

「一体、どこがおかしいんだ?」

「この気持ち悪さの正体は何だ?」

と自問自答して、きちんと言語化する。

そうして坂東氏の論の誤りを冷静に分析し、論理的矛盾を追及して、反論できないように黙らせる。

こうするより他に、(主観的にも客観的にも)本質的な解決はないんですよね。

でもって、この「言語化」の過程が、「論理的思考」を鍛えるのに非常に役立つ。

そもそも論理というのは言葉の戦争の中で鍛えられてきたものです。

坂東氏がエッセイでああいう風な文章を発表し、それに対してそれこそ「論理的に」反駁できなければ、われわれは坂東氏の主張を受け入れざるを得なくなる。それって、

いやですよねぇ。(笑)

だから言葉で売られたケンカはきちんと買って、言葉でやり返す必要があるんです。

それも「鬼畜!」「人でなし!」といった言葉ではなく、あくまでも相手と同じ土俵に立った言葉で、です。

とりあえず長くなってきたので、今日はこの辺にしておきます。

あと2つ、「教材」として板東氏のエッセイを使う方法を思いついていますので、次回はそのことについて書いてみようと思います。

それでは,また明後日……


プロムナード(日経新聞18日) 子猫殺し―――坂東眞砂子

 こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
 家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである。タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、野鼠などの死骸がころころしている。子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。自然に還るだけだ。
 子猫殺しを犯すに至ったのは、いろいろと考えた結果だ。
 私は猫を三匹飼っている。みんな雌だ。雄もいたが、家に居つかず、近所を徘徊して、やがていなくなった。残る三匹は、どれも赤ん坊の頃から育ててきた。当然、成長すると、盛りがついて、子を産む。タヒチでは野良猫はわんさかいる。これは犬も同様だが、血統書付きの犬猫ででもないと、もらってくれるところなんかない。避妊手術を、まず考えた。
しかし、どうも決心がつかない。獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。その本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか。
 猫は幸せさ、うちの猫には愛情をもって接している。猫もそれに応えてくれる、という人もいるだろう。だが私は、猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。生きるための手段だ。もし猫が言葉を話せるならば、避妊手術なんかされたくない、子を産みたいというだろう。
 飼い猫に避妊手術を施すことは、飼い主の責任だといわれている。しかし、それは飼い主の都合でもある。
 子猫が野良猫となると、人間の生活環境を害する。だから社会的責任として、育てられない子猫は、最初から生まないように手術する。私は、これに異を唱えるものではない。
 ただ、この問題に関しては、生まれてすぐの子猫を殺しても同じことだ。子種を殺すか、できた子を殺すかの差だ。避妊手術のほうが、殺しという厭なことに手を染めずにすむ。
 そして、この差の間には、親猫にとっての「生」の経験の有無、子猫にとっては、殺されるという悲劇が横たわっている。どっちがいいとか、悪いとか、いえるものではない。
 愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがままに根ざした行為なのだ。獣にとっての「生」とは、人間の干渉なく、自然の中で生きることだ。生き延びるために喰うとか、被害を及ぼされるから殺すといった生死に関わることでない限り、人が他の生き物の「生」にちょっかいを出すのは間違っている。人は神ではない。他の生き物の「生」に関して、正しいことなぞできるはずはない。どこかで矛盾や不合理が生じてくる。
 人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない。
それでも、愛玩のために生き物を飼いたいならば、飼い主としては、自分のより納得できる道を選択するしかない。
 私は自分の育ててきた猫の「生」の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである。(作家)


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  • - [#] |
  • |
  • 2014 01/31 (Fri) 00:24
コメントありがとうございました

>A*さん

コメントありがとうございました。

いろいろな観点が含まれるコメントでしたので、一文ずつ私の考えを書かせていただきますね。

①「子猫殺し」のエッセイを教材に使うのも功利的な気がします。

 「功利的」という言葉のここでの意味がはっきりしないので、なんとも言えないのですが、おそらく今回のエッセイを教材に使うことに嫌悪感をおぼえてのコメントだと思います。
 この次の記事(坂東眞砂子氏に感謝する(その2))に対してのコメントにも書きましたが、「なぜ教材に使ってはいけないか」を教えていただけるとうれしいです。

②単純に「かわいそうじゃん」としか考えられない人が居ても良いし、素直な感情を吐露しても良いと思います。

はい、私もそう思います。

「かわいそうじゃん」と思うのはごく自然のことですし、私自身もこのエッセイを初めて読んだときの感想は、「ひでぇことしやがる」でした。
 ただ、そう思って「坂東眞砂子は鬼畜であちら側の人間!」と切り捨ててそこで終わりにしてしまうと、ボクはとても大事なことを見逃してしまうような気がするんですね。
 それにこの記事にも書いたけど、客観的な論争になったら根拠のない感情論はなんの役にも立たないわけで。お互いが感情と信念のぶつけ合いで疲弊していく悪しき議論を繰り広げないためにも、「かわいそう」と感じる温かい心と同じくらい、感情にとらわれずに客観的に文章を分析し、相手の論理の誤りを冷静に指摘する技術“も”必要だと思うのです。

③それを思うツボと捉えるなら作家としての品性を疑います。

「このエッセイに対して『鬼畜!』『人でなし!』と罵倒するのは、ある意味、彼女の思うツボ」と書いたことに対するコメントだと思うのですが、ボクはこの部分を「このような反応は彼女は予想済みだよ、いくらこのような発言を積み重ねても彼女にとっては痛くもかゆくもない可能性が高いよ」というつもりで書きました。
 彼女が「思うつぼだ」と、ほくそ笑んでいるかどうかは知る由もないのですが、もしそうだとすればボクも彼女の「品性を疑います」
 ただ、次々回の記事でも書いたように、ボク自身は書いた作者と文章自体は分けて考えるべきだと思っていますので、それには触れないようにしました。

⑤車を運転中に猫が飛び出してきたらとりあえずは急ブレーキを踏むだろうと思います。

この一文がどのような役割を持ってここに書かれているのかが不明なので何とも言えないのですが、もし仮に、あのようなエッセイを読んで「ひどい!」と思うのは、猫を轢かないようブレーキを踏むのと同じくらい反射的なものなのだ、というのであれば、私もそのとおりだと思います。

⑥理屈じゃないんだ、と言う理屈。

 この前にどんな言葉が省略されているかによっていろいろな意味が考えられる一文ですね。たしかに理屈より感情を優先させた方がよい場合もありますし、理屈が無力な場合もあります。
 ただ、今回の場合は明らかに感情過多な反応が多すぎたとボク自身は思っているんですね。だからちょっとボク自身としてもバランスが取りたいな、と思って一連の記事を書きました。当然のことながら理屈も感情もどっちも大事ですからね(ちなみにそう思うのでボクはこのブログの日々雑感のカテゴリーを“ロゴパトス”=ロゴス(論理)+パトス(情念)と名付けたんです)


  • 風来坊 [#-] |
  • URL |
  • 2006 09/01 (Fri) 20:16
しかし・・・。

「子猫殺し」のエッセイを教材に使うのも功利的な気がします。
単純に「かわいそうじゃん」としか考えられない人が居ても良いし、素直な感情を吐露しても良いと思います。
それを思うツボと捉えるなら作家としての品性を疑います。車を運転中に猫が飛び出してきたらとりあえずは急ブレーキを踏むだろうと思います。理屈じゃないんだ、と言う理屈。

  • A* [#NFkA2pOo] |
  • URL |
  • 2006 09/01 (Fri) 14:41
  • Edit
RE:なるほど~

>りこさん

コメントありがとうございます。

なるほど~ 「不妊」ですよね~

気をつけて書いているつもりだったんですけど、やはりその辺、男はダメですね~

こっそり直しておきます。ご指摘ありがとうございました!

  • 風来坊 [#-] |
  • URL |
  • 2006 09/01 (Fri) 14:19
なるほど~

なるほど、これが教材になるのか!と、おもしろく読ませて頂きました。
私も猫を飼っていますが、放置されたり捨てられたりした猫です。
今回、批判が多かったのも、ペットとして自ら望んで、お金を出して購入している犬飼いに比べ、猫飼いには、捨て猫などを見過ごせなくて、拾って飼っている人がとてつもなく多いことが背景にあると思います。
なので、余計に感情的な批判がでたような気がします。
坂東氏に、自らが一緒に暮らしてる猫を捨てた人を、オーバーラップさせていると思います。
ちなみに、手術は、避妊ではなく不妊が正しいと思いますよ。
人間の一時的な避妊と同じだと思う人がいるかもしれませんから。
今の獣医学では、一度手術すると、一生、交尾しても子はなせない手術しかできないようです。埋め込みピルの研究開発もすすでいますが、まだまだ途上のようです。
などなど、猫にまつわる現実的な背景も含めて、生徒さんの教材にしていただけたらなぁと思いました。

  • りこ [#qx6UTKxA] |
  • URL |
  • 2006 08/31 (Thu) 21:32
  • Edit
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