ちょっとおやすみ
- [2007/02/27 05:43]
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こっちからあいさつする/こっちからだまる
閣僚、会話やめ一斉に起立=20日午前の閣議で
2月20日13時1分配信 時事通信
自民党の中川秀直幹事長に閣議時の「マナーの悪さ」を指摘された安倍内閣の閣僚は20日午前の閣議に臨み、全員が一斉に起立して安倍晋三首相を迎え「おはようございます」と大きな声であいさつした。閣議前は数人が会話していたが、首相入室後も続ける閣僚はいなかった。
この後の記者会見で、塩崎恭久官房長官は中川氏の指摘について「意味がよく分からない部分があった」としながらも、「内閣に頑張れというエールだと思う」と述べた。
最終更新:2月20日13時1分
一昨日の中川幹事長の「閣僚や官僚には首相に対する絶対的な忠誠、自己犠牲の精神が求められる」って発言にも、かな〜り脱力しちゃったけど、今日の閣僚の態度豹変も、悪いけど嗤っちゃった。
安部首相……
あいさつしてもらいたければ、こちらから大きな声であいさつすればいいんです。
閣僚が黙ってくれなければ、彼らが気付いて自分から黙るまで、こちらは黙っていればいいんです。
それでもあいさつしてくれなければ、「どうしてあいさつしてくれないんですか」と訊けばいい。
それでも黙ってくれなければ、「黙ってくれなければ会議が始められません」と言えばいい。
もしそれでもダメだったら……
自分が辞めるか、そいつを辞めさせるしかないですね(^^;)
「○○して欲しければ、まず自分から○○しろ」
これは教室運営の基礎の基礎。
これさえ守れば、ほとんどのクラス(ていうか集団)は、だいたい話を聞いてくれる。
ボクの授業経験で、一番きつかったのはアメリカの公立中学校。
そこは銃の持ち込み事件があったり、毎日廊下で2、3件喧嘩が起こるような“荒れる”学校だったけど、そこの生徒だって、この原則を使えば、下手な英語でたどたどしく授業するボクの話をきちんと聞いてくれたんです。
だから同じ日本語をしゃべる、いい大人同士ができないはずがない。
いわんや国会議員をや。
もしそれができないなら、いくら“喧々囂々侃々諤々(けんけんごうごうかんかんがくがく)”国の重大事を話し合おうと、“大山鳴動してねずみ一匹”、騒々しくも実りの少ない物になっちまうでしょうね。(え?もうなってる?)
それより、今回一番イヤ〜な感じを受けたのが、トップでもない強面で声の大きいヤツがちょっとドスをきかすと、それにみんなが敏感に反応してコロッと態度を変えたこと。
「表の権力者より裏の実力者に従え」
「内心はどう思っていても表向き従順な振りをすればそれでよし」
今回の騒動で日本中の子どもたちに当人が意識しないで教えた教育内容(=かくれたカリキュラム)は、かな〜り問題がありそうです。
これなら“美しい国”を作ろうとする安部総理より、“ドラフード”を探そうとするアベール王子の方が、ずっとマシかも知れません(笑)。
やれやれ……
- [2007/02/20 15:00]
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ドッペルゲンガー 〜ありえたかも知れないもう一人の自分〜

●いきなりですが、自分の名前をネットで検索したことはありますか?
ボクはたまにやるんですが、けっこういろんな「石井秀明」さんがいて、興味深いんです。
たとえば……
01)サーフィン雑誌のカリスマ編集長
02)税理士事務所所長
03)影絵サークル代表
04)高校の吹奏楽部顧問
05)高校女子サッカー部顧問
06)建築科の大学院生
07)フライ級プロボクサー
08)製氷・製氷機販売会社社長
09)絞り加工品製造業取締役
10)草野球チーム代表
11)スキーのインストラクター
12)大麻所持で逮捕された暴力団幹部
13)高校サッカー部監督
14)計数工学を学ぶ東大生
15)中堅ゼネコンの施行部主任補
16)外務省2等書記官
17)俳優
18)ロックバンドのベーシスト
ね? 多士済々という感じでしょ?
で、このリストを眺めていると、つい、「ありえたかも知れないもう一人の自分」を考えてしまうんですね。
特に04)高校の吹奏楽部顧問とかは十分ありえたし、05)11)13)あたり、先生とかイントラクターが多いのも自分と共通の匂いを感じます。
01)サーフィン雑誌のカリスマ編集長とか、03)影絵サークル代表とかには、編集作業や演出といった裏方大好き人間の血を共通なものとして感じますし、08)製氷・製氷機販売会社社長や09)絞り加工品製造業取締役には、同じ中小企業の経営者としてなぜか共感を覚えてしまいますねえ(^^;)
一方、“ありえね〜”と思うのは、02)税理士事務所所長とか、14)計数工学を学ぶ東大生とか、小学4年で分数のかけ算割り算でつまずいてから文系人生一直線のボクには考えられない人生です(笑)。あと、07)フライ級プロボクサーとかも、食いしん坊のボクにはぜったいありえない(爆)
さらに、12)大麻所持で逮捕された暴力団幹部にいたっては、一体この「石井秀明」さんには何があったんだろう、と考えさせられます。
ホント、この同姓同名さんリストは、眺めているとさまざまな想像が広がって、飽きることがないですね。
ところでタイトルの“ドッペルゲンガー”というのは、霊的な自分のそっくりさんのことで、自分のドッペルゲンガーに出会うと、もうすぐ死ぬんだそうです。
なんでも芥川龍之介とか太宰治は自分のドッペルゲンガーを見たそうな。
べつにこのリストに載った人がボクのドッペルゲンガーというわけではないのですが、ボクとそっくりな「石井秀明」さんが、この世界のどこかで、ボクとはまったく違った人生を生きているかも知れない、という妄想は、少し怖くもあり、楽しくもあります。
人は、小さい頃には大きく広がっていた可能性を、年齢を重ねるごとに徐々に切り捨てて大人になっていきます。
この同姓同名リストを眺めて感じる感慨は、切り捨ててきた自分の可能性を弔う気持ちなのかもしれません。
それでは。
- [2007/02/14 14:06]
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遠くへ行きたい

●な〜んか、中村八大の名旋律にのって永六輔が出てきそうなタイトルですが(笑)、先日来、こんな気分なんですねぇ。
べつに現状が不満とかそういう訳ではないんですけど、なんだか無性に「旅に出たい(^^;)」
それも、以前訪れたところをまた訪ねてみたい気分なんですね。特に海外。
たとえば上の写真は北京の下町、胡同(フートン)です。
どうです? いい感じでしょ?
どうやらこの胡同、08年のオリンピックに向けてどんどん取り壊されているらしいですね。
ボクが胡同を歩いたのは、もう10年近く前だけど、下の写真のような細かい路地がうねうねとどこまでも続いていて、なんだか別次元に入り込んでしまったような奇妙な感覚でした。
ふと今来た路地をふり返ると、やせこけた犬がとぼとぼ歩いていたり、思わぬ場所から子供が飛び出してきたりして、初めて訪れたのになんだか懐かしい感じのする場所。
そんな路地をバックパックを背負ってテクテク歩くと、ふいに「こんな場所がいままでボクの人生とは関係なく存在していて、そしてボクが立ち去った後も存在し続けるなんて不条理だ」なんて想念が湧いてきて、なおかつ「ボクはおそらく二度とここを歩くことはないだろう」と思うとちょっと感傷的になったりしたもんです(青いね〜*^^*)
同じように自分の存在の小ささを感じさせてくれた風景が、下の香港のマンション群。
ご存じ、香港というのは土地が狭いもんだから、高層マンションがそれこそ“林立”しているわけです。
で、夜になってこのマンション群に明かりがともると、そりゃあもう綺麗なんですね。
でもって、それをじっと見ていると、ちょっと怖くなる。
「ああ、あそこにはボクとは一生関わりを持たない人が無数に住んでいて、あの窓一つ一つに彼らの人生があるんだ」と思うと、“くらっ”と気が遠くなるんです。
なんかもうボクの目の前に裸の現実がゴロンと転がっている感じ。
ボクはその現実に触れることもできずにただ見るしかない、みたいな感覚で、自分が「無」になるような感じなんです。
同じような感覚は、ソウルの南大門市場を徘徊していた時にも感じました。
ソウルは一時期“はまって”もう十数回訪れた場所ですけど、ボクにとっては、いつ訪れても自分と周りの風景の間にガラス一枚はさまっている感じのする街なんです。
日本語を話せる人も多いし、こっちも中途半端にハングルが読めるからつい日本と同じ感覚になりそうになるのだけれど、独りで市場の路地をさまようと、やはり“異国”にいることを痛感してしまう。
姿形はそっくりなのに別な言葉をしゃべり、別なルールに則って行動している人たち。そしてそれを冷静に観察している自分。
人の波にもまれて韓国語の渦に飲まれると、自分がテレビカメラのレンズになったように透明な存在になるんですね。
こうやって書いてみると、ボクは今、自分を生(ナマ)の現実にぶつけて自分がどう反応するのか確かめたいみたいですね。それも昔と同じ場所を訪ねて、今までの道のりを検証したい、みたいな。
そろそろ少し大がかりな「おこもり」というか、「自分の輪郭探し」のようなものをする必要があるのかもしれません。
でもねぇ、それがいつ実現することやら(^^;)
現状を考えると絶望的な気分になるけど、「本当にやりたいことならいつかやることになる」という言葉を信じて、もうちょっと今の気持ちを大事に自分の中で転がしてみようと思います。ある日急に動き出すかも知れないしね。
では。
- [2007/02/12 00:47]
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ぶつかり方を覚える

●ひさびさに息子君ネタを。
ふと気がつけば息子君もそろそろ1歳9ヶ月。
最近はようやく言葉らしきものを発するようになりました。
そんななかで、ひときわハッキリと息子君が発音できる言葉が一つ。
その言葉とは、
「イヤッ!」
(^^;)
それはもう、見事にこの言葉だけはハッキリと発音してくれます。
「お家帰ろう」 「イヤッ!」
「おてて洗おう」 「イヤッ!」
「お風呂入るよ」 「イヤーッ!」
「まあ、それだけ自分の意志がハッキリしてきて、それをきちんと表現できるのだから良しとしよう。でもこれで保育園に行くようになったら周りとぶつかるよなあ……」と心配していたら、ボクの母親が一言。
「なあ〜に言ってるの。あんたの子なんだからしょうがないでしょ! おまえなんか保育園に行っている間中、毎日ケンカしてたんだから。それも『相手変われど主変わらず』って感じで、毎日違う相手とだよ」
(ノД`)
そうだったのね……
でも、おかげで安心しました。これからいろんな人とぶつかることで、息子君もきっと、ボクのように温厚(と自分では思っている^^;)になってくれるでしょう。
要は、人とぶつかることを恐れるのではなく、人とどう、ぶつかったらよいかに注意すればよいわけです。
自分と相手は違う。
だから必ずぶつかる。
ぶつかるのは不愉快。
でも人は独りで生きてはいけない。
だから折り合いをつけて一緒にやっていく。
本当に大事なのはぶつかってから一緒にやっていくまでの手順。
息子君よ。今はイヤイヤ言ってなさい。
お父ちゃんがガツンとぶつかってあげるから(笑)。
最後におまけ。
最近おとなが絵本を読むのが流行っているのだそうな。
小さなお子さんがいるご家庭も、そうでない方もぜひ一家に一冊。
中川 李枝子作『いやいやえん』です。
![]() | いやいやえん―童話 中川 李枝子、大村 百合子 他 (1962/01) 福音館書店 この商品の詳細を見る |
これは名作ですぞ。
では。
- [2007/02/10 14:15]
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2月のごあいさつ

(学習塾ブレスのサイトから転載)
●ついこの間、新年を祝ったと思ったら、あっという間に2月。
センター試験も終了し、2月は私立大学入試と国公立の個別試験が目白押しです。
そんな相変わらずバタバタしている塾に、先日OGのKさんが遊びに来てくれました。
Kさんはブレスを卒業後、日本の大学に進学したものの、一念発起してアメリカの大学に留学。
むこうの大学では数学を専攻し、そろそろ現地で就職活動を始めるそうです。
久しぶりにあったKさんは、立ち居振る舞いから言葉遣いまで、高校時代に比べると、それはもう“しっかり”としていて、まぶしいくらい。
自分の言葉でハッキリと今の生活と今後の展望を語るその姿は、彼女の留学生活がいかに充実したものであるかを雄弁に語っていました。
「中学の時からずっとブレスに通って、苦手な英語を教えてもらってましたけど、結局日本にいる時は英語の勉強がイヤでイヤで仕方がなかったんです(笑)。でもそんな私が今はぜんぶ英語で生活して、むこうで就職までしてしまおうっていうんですから、信じられないですよねぇ」
屈託なく話す彼女を見ていると、明確な目的をもった勉強がいかに人を変えるかを痛感します。
人間はきっかけさえあれば、いつでも学び始めることができる。
そしてやりたいことさえハッキリしていれば、今までの殻など簡単に突き破れる。
Kさんの話は、学びの可能性について、また新たな視点を私に与えてくれました。
2007年2月 学習塾ブレス 塾長 石井秀明
- [2007/02/07 18:32]
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