【月刊ブレスコラム】「分からない」とは何か? 〜答えのない人生を生き抜く力〜 (2007/2) 

question.jpg


●あらあら、あっという間に1月も終わりですね。

新年早々、だいぶ更新が滞ってスイマセン。

あれからまた風邪を引いたり、来年度の塾の案内を作ったりと、今年も相変わらず忙しいみたいです。(^^;)

で、今日は今年一発目の月刊ブレスのコラム。

「分からない」って言葉を、われわれはつい気軽に使ってしまいますけど、よく考えてみるとこの「分からない」って言葉の意味は曖昧なものなんですよね。

今月は受験直前期に感じた、この「分からない」問題について書いてみました。

続きを読む

「絶対安全剃刀」を求める愚 

goemon01.jpg

●いやあ、参りました。

冬期講習が終わって、さあ、センターに向けてダッシュ。と思ったら風邪引いてダウン……

体のヤツときたら、絶妙なタイミングで熱を出してくれちゃいまして(^^;)、でもまあ、これもチャンスかなと開き直って、きちんと病気をしてみました。

体の節々から日頃の疲れがおもてに出てくる感覚を味わいながら、3日間こんこんと眠り続け、今朝目を覚ましたら……、だいぶスッキリしました。視界がはっきりクリアになって、関節が柔らかくなった感じ。

たまに病気をするのもいいもんですね。

さて、本題。

正月早々、ネットをつらつら見ていたら、こんな記事を見つけました。

「バカジャコ」はダメ、差別語含む魚30種を改名へ
1月6日16時9分配信 読売新聞



 日本魚類学会(松浦啓一会長)は、「バカジャコ」「イザリウオ」など差別的な言葉を含んだ魚の標準和名を改名する。

 見聞きした人を精神的に傷つけたり、不快感を与えたりすることがある上、博物館や水族館などが別名への言い換えをバラバラに行う例も多く、混乱を解消すべきだと判断した。今月中に正式決定する。動植物や昆虫などにも差別語を含んだ標準和名が多いだけに、他学会にも影響を与えそうだ。

 改名するのは、日本魚類学会標準和名検討委員会が差別的と判断した「メクラ」「オシ」「ミツクチ」など九つの語を含む魚で、日本産の魚類約3900種のうち30種が対象。同様の言葉が「種」より上位の「属」や「科」などの分類単位に使われている例もあるため、計49の標準和名を同時に改名する。


最終更新:1月6日16時9分



うーむ。

この手の記事を見るといつも思うのだけど、こういうことをしようとする人は、言葉をなくしてしまえば(あるいは使わなければ)差別がなくなると本気で思っているのかねえ。

デリケートな問題だから十分注意して言葉を選ばなければいけないとは思うけど、あえて言わせてもらえば、言葉だけ変えればそれで傷つく人が減って、差別が軽減されるとはボクは思わない。

なぜって言葉は、やっぱり使い方によるところが大きいから。

言葉の意味は、ぜんぜん固定されていないし、不変なものじゃない。それどころか、だれがだれにむかってどんな状況で発言するかによってその意味はころころ変わっちゃうし、さらにその言い方によって相手に伝わる感情も全然違ってしまう。

だから、どんなにひどい“差別語”であっても、とてもあたたかく人と人とを結びつけることだってできるし、どんなに政治的に“正しい”言葉遣いをしたって、人を傷つける時は傷つける、とボクは思うんです。

むしろ差別語てんこもりの昔の映画や小説の方が人間に対する視線ははるかにやさしくって、「見聞きした人を精神的に傷つけたり、不快感を与えたりすることが」ないよう気を配ったはずのお役所的な文章の方に「さわらぬ神に祟りなし」的な冷たさを感じることが多い。

結局言葉ってのは、刃物なんでしょうね。

我々は目の前の現実を言葉という刃物で切り取り、意味づけしながら生きていく。

うまく私とあなたをいっしょに世界から切り取れば、それは気持ちの良い一体感を生むし、切り取り方が悪ければ自分も相手も傷つく。

傷つくのをおそれて『絶対安全剃刀』((C)高野文子)を求めれば、それはもはや刃物としての機能を果たさず、我々は切れ目のはっきりしない茫洋とした世界で寂寞とした気分を味わわざるを得なくなるのでしょう。

抜き身の刃物をかざして前に進み続ける覚悟。

言葉を使って生きていくってことには、それくらいの気合いが必要だと思うんですけど、「バカジャコ」の名前を変えようとするような手合いには、そんなものを期待しちゃいけないんでしょうねぇ(^^;)

それでは。

魂のごちそう/胃袋のごちそう 

20070105151956.jpg

●昨日から冬期講習が再開し、お正月気分はあっという間にどこへやら……

さあ、センター試験にむけてダッシュです。

画像はスタッフルームにある掲示板の「魂のごちそう」コーナー。

「魂のごちそう」というのはカリスママーケッター小阪裕司の言葉で、お金に換算できない仕事上のやりがいのことです。

ボクらの仕事で言えば、それは会員や保護者の方からの励ましの言葉であったり、OB会員や元スタッフからの手紙やメールであったりするわけで、今このコーナーは年賀状やあけおめメールを出力したものでにぎわっています。

また、今は帰省中のOB会員も多く、おみやげ片手に塾に遊びに来てくれます。(Hくん、Tくん、昨日は楽しかったよ〜)

で、「魂のごちそう」コーナーの下には、当然のことながら「胃袋のごちそう」のコーナーがある訳で(上記画像をクリックしてみてください(^^;))

みなさんからいただいた差し入れを紹介しています。

今、スタッフルームの机の上はこんな感じになってまして↓

20070105152004.jpg


これじゃあ、なかなか正月太りも解消できそうにありませんね。

おっと、そろそろ授業なので、今日はこのへんで。

あけましておめでとうございます! 

07newyear.jpg

■年頭のごあいさつ(学習塾ブレスのサイトから転載)

さあ、2007年が始まりました。

新年を迎えて、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

さて、昨年は(も?)教育問題が非常に注目を集めた一年でした。

必修教科の未履修問題、学校でのいじめや子供の自殺問題、教育基本法の改正や「教育再生会議」の設置などなど……

めまぐるしく変わる国の方針。騒々しいけれど不毛な議論。

それはまさに、時代の波に翻弄されて、教育という名の船が大きく揺れているかのようでした。

でも私はこう思うのです。どんな時代になっても我々が勉強する目的はただ一つではないかと。

その目的とは、「周りの環境に適応し、自分らしい人生を生きるための知識と技術を身に付けること」です。

自分を取り巻く環境をよく理解し、そこで生きていくために必要なことを学ぶ。そして自分がやりたいことは何かを知り、それを実現するために必要な知識と技術を身に付ける。

時代がどんなに変わろうと、学びの本質は不変なのではないでしょうか。

私たち学習塾ブレスのモットーは、

「きみが、きみの道を、歩くために。」です。

ぜひ、あなたらしい人生を一緒に探しましょう。

そしてそれを実現するための最低限の知識と学ぶ技術を身に付けましょう。

われわれは今年も、あなたのとなりにいます。

2007年1月 学習塾ブレス 塾長 石井秀明