三者面談ブルース 

ブルース・ブラザース ― コレクターズ・エディション ブルース・ブラザース ― コレクターズ・エディション
ジョン・ベルーシ (2002/08/01)
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
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●画像はジョン・ベルーシ&ダン・エイクロイド as 「ブルース・ブラザーズ」

タイトルにブルースを入れたので、ブルースつながりと言うことで(^^;)

スンマセン、安易です。

(でもこの映画の、底抜けの楽しさ&音楽の素晴らしさといったら! 奇跡の1本です。いや、マジで)

さて、本題は、ぜ〜んぜん楽しくない話。

夏休みに入ってから群馬県の高校では三者面談を行うところが多かったんですけど、ここんとこ毎年、保護者面談が終わるとブルーになって帰ってくる塾生が増えてるんです。

曰く、

「先生におまえにはその学校はムリだと言われた」

「こっちの話はまるで聞かず、模試の偏差値を見てこのリストから志望校を選べと言われた」 

「先生と親が連合を組んで志望先を変えろと言ってきた」

「○○は学問ではないからな、とバカにされた」

などなど……(-_-;)

果たして進路に悩む高校生に、周りのオトナがするべきことは何か?

ボク自身はまず、その子の話をとことん聞いて、希望をしっかり受けとめることだと思ってます。

迷いや惑いもひっくるめて、どうしたいかを全部話させる。

そうすれば、たいていの子は、自分の進路を、仮であっても決めることができるもんです。

そしてもう一つは、高校生では入手が困難な情報を提供すること。

学校の先生であれば、その学校に過去の卒業生がどのような成績で入っていったかとか、その学校の内部情報とか、を教えることはできるだろうし、周りのオトナは、その進路に進んだときにどのような仕事が待っているかをオトナネットワークで得た情報として高校生に提供できる。

高校生は、結構「あこがれ」だけで進路を決めがちなので、こういう客観的な情報は彼らの考えを深めるのに役立つんですね。

あとは、人生の先輩として「自分はこう思う」という“私見”を述べること。

自分のことをきちんと受けとめてくれそうで、今までの人生に自信を持っているオトナの話であれば、高校生も素直に聞いてくれるはずです。

でもって、この「やるべきこと」をひっくり返せば、「やっちゃいけないこと」のできあがり。

すなわち、

「彼らの話を聞かず」、「ろくに情報を与えない」で、「彼らの希望を頭ごなしにバカにし」て、「こうしなさいと命令する」。

これ、最悪です。

で、不幸なことに、「この子にまっとうな人生を歩ませるために」という名の下に、三者面談の時に、これをやられている高校生は、けっこう多いみたい。

もちろん、すべての先生がこういうわけではなくて、生徒の主体性を大事にしてくれる、とってもいい先生もいるんだけど、そういう先生に巡り会えなかった生徒は不運としか言いようがない。

まあ、こんな仕打ちにめげないよう、サポートするのがうちの使命なんですけどね。

進路決定に迷ったら、何でも相談するんだよ、みんな。

イタコ LOVE 〜ブルーハート〜 

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●今日ネットでニュースを見ていたら気になる記事が。

イタコの「口寄せ」に癒やし効果…青森県立保健大調べ

 日本三大霊場の一つ「恐山」(青森県むつ市)などで死者の霊魂を呼び寄せるとされるイタコの「口寄せ」に、癒やし効果があるとする研究結果を、青森県立保健大の藤井博英教授(精神保健学)のグループがまとめた。

 現代医療に欠けているものを補い、看護学に応用できるとしている。

 イタコの口寄せは、救いを求める庶民の心のよりどころとして江戸時代には定着していたとされ、青森県に伝わる「津軽のイタコの習俗」は、国の無形民俗文化財に選択されている。

 近年、中高年ばかりでなく、若者の利用者も増えているといい、イタコの一人、むつ市の鳴海秀雲さん(73)は「不登校の学生も多くなっている」と話す。(ソースはこちら



まあ、当然だよね。

どう考えてもあれは、心理カウンセリングの一種だと思う。

死者への感情が整理しきれていない人が、一種のグリーフワークとしてイタコの前で、心情を吐露する。

気持ちを吐きだして、自分の内面を整理して、少し前向きになって山を下りる……

昔の人は分かってたんだねぇ。

ボクの興味は、イタコの口寄せの時に交わされる言葉の機能。

ボクは実際には体験したことがないから分からないのだけれど、人によると、もうイタコの前に座っただけで、涙がどっと出て、津軽弁や南部弁で何を言っているのかほとんど分からないんだけど、とても気持ちよく「会いたかったあの人」と、コミュニケートできるらしい。

もう、そうなると言葉の意味なんて重要じゃなくて、人生の辛酸をなめてきたイタコ(彼女たちはほぼ全員視力障害を持つ老婆)が醸し出す圧倒的な受容の雰囲気と、言葉の持つ響きが、相談者の心を開く一種のセラピーになっているんだろうね。

ちょっと、体験してみたくなっちゃいました。(^^;)

さて、画像は今日の記事のタイトルを拝借した筋肉少女帯のデビューアルバム『仏陀L』(廃盤)

初期の筋少はホント〜に良かった!(「猫のテブクロ」あたりまで)

大槻ケンヂの詞と三柴江戸蔵のピアノが絶妙で、まさに“純文学プログレロック”!

筋少といえば「高木ブー」だと思っているそこのあなた。ぜひヤフオクあたりで手にいれて、聞いてみて下さい(笑)。

伝染るんです(吉田戦車) 

伝染(うつ)るんです。 (1) 伝染(うつ)るんです。 (1)
吉田 戦車 (1998/11)
小学館
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●今日は朝から久々に論文オンラインのニュースレター、『言有宗』のコラムを書きました。

今月と来月、2ヵ月続きで「『読む』とは何をすることなのか?」と題して、普段われわれが無意識に行っている「読む」という行為を、記号論をベースに解説します。

ただ、記号論という学問の名前や、「所記」や「能記」(←悪訳!)といった学術用語は一切使わずに、なるべく楽しく、分かりやすく説明しようとしたので、けっこう骨が折れました。

残念ながらこのブログにアップされるのは11月になってしまいますが、もし興味があれば読んでみてください。

で、そのコラムの中で引用させてもらったのが、画像の『伝染るんです』

なんで記号論にマンガが? と思われるかもしれませんが、侮る事なかれ。このマンガはげらげら笑わせてくれて、人間存在の深淵も覗かせてくれる「哲学の書」(ちょっと大げさかな(笑))なのです。

このマンガが一世を風靡したのは80年代後半、時代はバブル真っ只中、旧来の価値観はガラガラと音を立てて崩れ、何が正しく何が間違っているのか分からなくなりかけた時代。

「ニューアカデミズム」や「ポストモダン」といった言葉がもてはやされ、「パラダイムシフト」が起こり、あらゆる分野で「ディコンストラクション」が起こった片仮名だらけの良く分からない“何でもアリ”の時代でした(^^;)。

そのへんの時代の空気はバッチリこのマンガにも反映されてて、何というか旧来の枠組みを、斜め後方にズルっとずらしたときに起こる、奇妙な感覚を笑いに昇華させている感があります。

その当時のボクはというと、大学の授業に嫌気が差して、吉野家の深夜バイトに明け暮れる毎日。

夜中の休憩時間にロラン・バルトやミシェル・フーコーと並行して、このマンガが連載されていた「スピリッツ」や「モーニング」を読み漁る生活でした。

当時は「美味しんぼ」や「クッキングパパ」も始まったばっかりで新鮮で、「沈黙の艦隊」や「ナニワ金融道」など、あの頃の両誌にはパワーがあったなあ(遠い目)。

このマンガは、まさに青春の惑いと迷いの宙ぶらりんの感覚を、吉野家の牛丼の匂いと共に思い出させてくれる作品なのです。

夏講が始まりました! 




●夏講が始まりました! 

これから約1ヵ月半のマラソン講習の開始です。

毎年のことですけど、やはり体力勝負! 気合いを入れないとです。

ただ今回ボクは、他にやる仕事がたくさんあるので、あまり授業には出ず、カウンターで受付業務をしながら自分の仕事をしています。

で、このカウンターの裏側という場所。ボクは結構お気に入りなんですね〜

昔、焼き肉屋や焼鳥屋でバイトしていたときも、カウンターを挟んでお客さんと話をするのが大好きでした。

なんというか、自分がカウンターの後ろでお客さんをお迎えして、おもてなしをするというシチュエーションが妙にワクワクする。

カウンターというのは、主客の境界線であり、お互いがお互いを値踏みする真剣勝負の場でもあります。

でも、それと同時にこの境界線があるお陰で、客は安心して自分をさらけ出すことができるし、ホストは節度を保って客をもてなすことができる。

まあ、非常に人間くさい場であり、多義的な場所なんですが、結局ボクは、カウンターの裏側で、その場を取り仕切る感覚が好きなんでしょうね。

現に、こうやってカウンターの裏側にいると自分が授業に入っていると気がつかない塾全体の雰囲気を感じることができる。

入ってくる塾生の顔色を見て、今日は機嫌がいいな、とか調子悪そうだな、とか細かいところまで気がつけて隅々まで見通せてる感じ。

全体に目を行き届かせるためにはカウンター裏というのは最適な場所なんですね。

よく、雰囲気のあるバーなんかだと、カウンターの後ろのバーテンさんがその場を統(す)べる司祭のような感じで立っていたりするじゃないですか。そんな感じに、つい憧れてしまうんです。

まあ、ボクはキャラ的に、どんなに頑張っても「飲み屋の大将」にしかならないんですけどね(^^;)

さて、画像は本日のカウンター裏からの風景。

ロビーに備え付けてある「ジェンガ」ゲームです。

授業の合間に塾生が息抜きにやったものですけど、ジェンガじゃ全然「息抜き」にはならないよ、みんな(^^;)。

【月刊ブレスコラム】定期テスト派VS模擬テスト派 〜2種類の人間対決part1〜 (2006/05) 

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●画像はここで作成しました。いろいろできて面白いですよ(^^)。

さて、久しぶりに「月刊ブレス」のコラムをアップします。

今後は、ある事情で3ヶ月遅れで月刊ブレスと言有宗のコラムをアップすることにしましました。

そんなわけで、ちょっと季節はずれの話題が出てくるかもしれませんが、ご了承下さい。

今回は2006年5月号をお送りします。

-------------------------ここから

 桜の季節もあっという間に過ぎて、そろそろ風薫る五月です。
 会員のみなさんも新生活にも慣れて、すこしゆとりができてきた頃かもしれませんね。
 さて、今月号から3回に渡り、「2種類の人間対決」と題したコラムを掲載したいと思います。まず今月はその第一弾。題して『定期テスト派VS模擬テスト派』です。

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優曇華(うどんげ) 

ブラスの祭典(3) ブラスの祭典(3)
佐渡裕&シエナ・ウインド・オーケストラ (2005/05/25)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
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●タイトルにある「優曇華(うどんげ)」とは、もとはインドの伝説にある吉兆の花で、三千年に一度咲くという花のことです。

でも、ボクにとっては別な意味を持っていて、これはボクの母校の高校の音楽系のサークルの定期演奏会の名前なんですね。

別に三千年に一度開催されるという訳でもなく(^^;)、毎年開催されているんですけれど、じつは今日が今年の「優曇華」の日だというのをうちの塾生から聞いて、高校時代をとても懐かしく思い出しました。

ボクは中学1年から大学6年まで、ず〜っと吹奏楽部に所属していて、これまたず〜っとチューバを吹いていました。(チューバがどんな楽器か知らない人はこちら

この12年間にわたる吹奏楽部での活動は、ボクの人格形成にひじょ〜に大きな影響を与え、よくも悪くも今の自分の基礎の部分を形成してしまったといえるでしょう。(まあ、どんな活動だったかはおいおいお話しします。かな〜り濃い話もありますが(^^;))

で、今回ご紹介するCDですけど、なぜこのCDかというと、リストの中にホルストの「吹奏楽のための第1組曲」とジェイガーの「シンフォニア・ノビリッシマ」が入っているからなんですね(^^)

両曲とも、チューバ吹きにとっては「チューバ吹き冥利に尽きる」曲で、別にソロとかがある訳ではないのに、チューバを吹いている快感をこれほどまでに感じさせてくれる曲はなかなかありません。

そもそもチューバというのはバンドのなかでは「縁の下の力持ち」的存在で、目立つことなどほとんどない。定位置でもあるステージの右側でロータリーチューバなんか吹いた日にゃあ、客席から顔すら見えない「非モテ」の楽器です(^^;)

でも、なんでそんな「非モテ」の楽器に12年間も青春を傾けたのかというと、やっぱりチューバという楽器の性格が自分に合ってたのかな、と思います。

当時からボクは、チューバのパート譜はその楽曲の本質を描き出す「抽象画」だと思っていました。

楽曲の枝葉をどんどん落としていって最後に残る基礎構造。それがチューバの楽譜だと思うのです。

この基礎構造をしっかりと美しく演奏しないと他の楽器がどんなにうまく演奏しても綺麗に響かない。

そんな「影でみんなを支えて、じつは要(かなめ)を握っているのはオレだぜ」的なところが自分の性格にぴったりだったのかもしれません。(^^;)

で、上記2曲は、この基礎構造が本当に美しく、「よーし、やったるで〜」とチューバ奏者の“チューバ魂(?)”を奮い立たせてくれる名曲なのです。

今宵はこの2曲を聴きながら、昔の思い出にひたってみようかと思います。

ノンバーバル・コミュニケーション 

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●じつは結構しつこい風邪を引いています。

咳だけなんですけど、肺の奥底にイガイガ虫がいるようで辛い。

でもって、この風邪はおそらく1歳の息子からもらったヤツなのです。

最初に息子が保育園でもらってきて家族全員に伝染った(^^;)

息子も咳で苦しめられて、面倒を見ているこっちも大変でした。

呼吸がつらそうな息子を見ていてふと思い出したのが、画像の“ヴィックス・ヴェイポラップ”

むかし喘息持ちだったボクも結構お世話になった薬で、当時は「変な名前の薬だなあ」と思ってました。

今回しげしげと綴りを見ると、じつは「Vapor(蒸気,気化させる)」と「Rub(こする,さする」を合わせた名前だったんですね。

ぬり薬を胸や背中にこすりつけて、さすって(Rub)あげて、体温で有効成分が気化(Vapor)して、それを鼻や喉を通して吸い込むことで症状が良くなる……

まさに“そのまんま”なネーミングだったわけです(^^;)

で、それで何が言いたいかというと、この薬の効き目の何割かは、その処方の仕方にあるんじゃないかということ。

ボク自身も経験があるから解るけど、ちいちゃな子供が病気で不安になっているときに、親に苦しい部分をなでてもらうのはとても心が安まるもの。

実際、苦しそうだった息子も、薬を塗って胸をさすってあげると、気持ちよさそうに落ち着いて、しばらくするとストンと寝てしまった。

その寝顔を見ていると、「そばにいる」「手を握る」「背中をさすってあげる」etc. どれも立派な“ノンバーバル・コミュニケーション(=非言語コミュニケーション)”だなあ、と感心してしまいました。

むしろコミュニケーションの本質は、きっとこちら側なんですね。

どんなに言葉で取り繕っても、本音は「言葉以外の言葉」で伝わっていくものなんだと思います。





親殺し 子殺し 

子供の誕生 子供の誕生
フィリップ・アリエス (1981/01)
みすず書房
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●秋田の小1生殺害事件で、畠山被告が自分の子どもを橋から突き落とした、と証言したというニュース。

ネットや新聞の記事は、一気に畠山被告が「いかにひどい母親だったか」を書きたててますねぇ。

うん、たしかに「ひどい母親」だったと思うし、彼女のしたことは決して許されるべきものではないけれど、ボクはなんだか「彼女は普通じゃない。母性の欠落した出来損ないの人間だ」みたいなメディアの論調にはちょっと違和感を感じる。

「子どもは嫌い」「子どもさえいなければ自由になれる」と発言していた畠山被告は、同時に自分の服を彩香ちゃん用にリメイクすることを専門店に依頼していたし、「ほかの子どもが元気なのに、彩香はなぜいないのかと、張り裂けそうな気持ちだった」とも発言している。

もちろん後者の言動をすべて「芝居」と考えることもできるだろうけど、でもボクはこっちだって本心だったかもしれないとつい思ってしまう。

なぜなら人間は、矛盾した感情をいとも簡単に自分の中に同居させることのできる動物だから、その瞬間、瞬間でどっちも本心だったと言うことは十分あり得ると思うんですよね。

自宅に放火して母親と兄弟を殺害してしまった件(くだん)の高校生も、ずいぶん父親に対して愛憎半ばする気持ちを持っていたようだし、人間の殺意はそんなに単純なものではない。

おそらく畠山被告の心の中の真実は、宙ぶらりんの真ん中にあって決して明らかになることはないのだろうけど、今のメディアのように彼女のことを、「あちら側の人間」と隔離して知らんぷりをしていると、きっとまた新たな親殺し、子殺しの事件によってわれわれの社会はしっぺ返しを食らうと思う。

画像はフィリップ・アリエス の「子どもの誕生」

われわれの持つ「子供観」がいかに最近になって造り出されたものかを教えてくれる衝撃的な本です。

「親は子どもが可愛いもの」「子どもは親を慕うもの」 社会が信じたいストーリーも、実は歴史の中では比較的新しい「もの騙(がた)り」であって、いつまでも通用するものではない……

いかに子どもを殺さず、また、子どもに殺されずに親子関係を築いていくかは、もう特殊な問題ではなくなっているのかもしれませんね。


受験の意味 

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●画像はご存じ、東大の赤門です。

単なる写真じゃ“あぢきなし”なので切手の画像で(^^)

さて、昨日と今日は塾の保護者面談でした。

保護者の方の生の声が聞けるこの貴重な機会。今回も有意義な時間を過ごさせていただきました。

でもって、保護者面談でよく話題になるのが、志望校の決定。

特に三年生の保護者の方とお話しすると、必ずといっていいほど、「うちの子、受かるんでしょうか?」という流れになります。

確かに、受かるか、受からないか、気になりますよね。

できれば第一志望校に合格してほしい。

無理そうなら受かるところを受験して欲しい……

そう思うのも無理のないことです。

ただ、ボクは受験を「受かる」「受からない」という視点からだけで語るのはちょっと“もったいない”という気がします。

ボクとしてはもう少し多面的にその受験がその子にとって「どんな意味を持っているか」を考えて欲しい。

個人的な話をすると、ボクの出身高校は当時はホントにのどかで、生徒の自主性を重んじてくれていた。丁寧な進路指導なんか全然なくて、だからボクの同級生は自分の実力を顧みず、現役の時は受かるか受からないかなんて考えずに、本当に好き勝手に受験をしてた。

当然、あたって砕けて浪人するヤツも多かったのだけど、ほとんどの連中は次の一年がんばって、翌年には最初に受けた学校に受かっていました。

ずいぶん剛毅な話だけれど、結局彼らは現役の時の受験を一種の「自分探し」のために使って、正確な自分の実力を把握し、自分の志望が本物かどうかを見極めていたのだと思います。

これはあくまでも一例だけれど、受験は結果がすべてで、受かれば100%、落ちれば0%というものではなくて、逆に長く禍根を残す“悪い合格”も、後々まで役に立つ様々な学びを与えてくれる“良い不合格”もあると思う。

まあ、確かに浪人されれば経済的にも大変だからそんな悠長なことは言っていられない、という気持ちも分かるけど、少なくとも仮にきちんと併願校対策もしてあって第一志望校に不合格になっても次のオプションがあるなら、どんなに可能性が低くても第一志望校は受けて欲しい。受けてダメならあきらめもつくけれど、受けずに後悔するのは本当に後味が悪いものだから。

塾はとにかく合格するためのテクニックを教えればいいんだ、という考え方もあるけれど、ボクはもう少し踏み込んで、その子が“いい受験”を過ごせるようサポートしたい。そして、その子にとっての受験の意味を考えながらともに歩いていきたい。

そんな風に思った二日間でした。

月の光 

月の光(ドビュッシー:ピアノ名曲集) 月の光(ドビュッシー:ピアノ名曲集)
ベロフ(ミシェル) (2001/12/06)
東芝EMI
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●ぐお〜! 暑かったですね〜

今日の前橋は37.2度! 体温より暑かったんですよ〜

そんな日は涼しくなれる音楽が一番!

ということで、私的に涼しくなれる曲として今日はドビュッシーの「月の光」をご紹介します。

クラシック音楽に関して勝手に好き嫌いを言わせてもらうと、ボクはバロックと近代以降の音楽が好きで、いわゆる古典派、ロマン派はあんまり聴かない。(やはり少し極端なんですね(^^;))

でもって、ドビュッシーは近代以降の作曲家の中では、かなり熱中して聴いた作曲家なんです。

完全5度の平行移動など彼独特の和声の「空虚な感じ」が大好きで、勝手にイメージだけでベートーベンなどの「花も実もある音楽」に対して「花しかない音楽」などと呼んでました。

で、タイトルの「月の光」はベルガマスク組曲の3曲目で、ボクは次の4曲目の「パスピエ」とともに大好きな曲なんですね。

青白い月の光を連想させる音楽が、なんとも耳に涼しい……

でもって、ミシェル・ベロフの演奏がまたいいんだ〜

今日みたいに暑い日は、冷たい飲み物を片手にこの曲を聴くと、少しは暑さを忘れることができると思います。ぜひ、お試しを。

夏の風物詩 

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●画像は夏期講習の人員配当表です。

10日後には夏期講習が始まります。

満席と残席わずかで赤とピンクに染まった人員配当表はうちの塾の夏の風物詩なのです(^^;)

夏期講習期間中はこの人員配当表をもとに、振替授業や出欠確認をとることになっていますので、これに間違いがあると命取り……

さらに最近の高校生は本当に忙しくて振り替えが頻発するので、その管理が大変です(>_<)

でも、これもみんなに夏休みを100%活用してもらうため。

一生懸命サポートさせていただきますよ〜

でも、年々体力的にはキツクなってるけどね↓

読めばいいのだ 

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●画像はうちの塾のロビーにある本棚です。

ボクが高校時代に読んだ本が核となり、それ以後に読んだ本やスタッフが寄贈(?)してくれた本などを並べて塾生に貸し出しています。

よく、「どうやったら国語の成績が伸びますか?」とか「どうしたら文章力がつくでしょう?」といった質問を受けますし、ボクもいろいろ「ああした方がよい」「こうした方がよい」といいますが、本音の部分では「本を読みゃあいいんだよね」と思っている節があります。

いくら問題の解き方を説明してもらっても、基本的な読み書き能力がなければ問題は解けっこないし、いくら文章の書き方を習っても、自分の文章(言葉)の元となる他人の文章(言葉)が入っていなければ、書けっこない。

逆にバリバリ本を読んでいる人は、普段国語の問題なんか解かなくてもある程度点数はとれてしまうし、書き方のコツさえちょっと教えてあげればあっという間に小論文なんか書けてしまう。

あまり方法論なんか意識しないで手当たり次第本を読むことの方が、遠回りに見えて実は国語力アップ、文章録アップの近道なんだと思います。

センス・オブ・ワンダー 

未来いそっぷ 未来いそっぷ
星 新一 (1982/08)
新潮社
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●今夜は星新一の作品を紹介します。

ボクの読書体験は幼稚園〜小学校時代と高校時代以降の二つに分かれていて、星新一の本は高校1年の時に読み込んだ作品です。(中学時代は部活に熱中していてあまり本を読まなかった)

当時のボクの読書の方針は、気に入った作家があるとその作家の本をとにかく“全部”読む、というもの。(ただし「文庫本で」(笑)高校生には単行本はなかなか買えなかったのです(T_T))

で、星新一は当時文庫本で手に入った作品は“全部”読みました。

ちょうどその頃、星新一がショート・ショートを1000編を書きあげてフェアをやったりしていたものだから、比較的簡単に全文庫が手に入った記憶があります。本棚で1メートル以上あったかな。

でもってその膨大な作品群の中でも印象に残っているのがこの「未来イソップ」

星氏独特の乾いた文体で語られる、この風変わりでちょっと毒気のあるイソップ寓話は、まさに当時の私に物語というものの「センス・オブ・ワンダー(不思議さを感じる感性)」を教えてくれました。

卓抜したアイディアを、ごくごく短い字数の中で、読者が一番驚く形で差し出してくれる星氏の手際は、まさにマジックを見ているかのよう。

つまらない授業の時は教科書の影で、星氏の作品を読みふけったものです(^^;)

いまでは小学校の教科書にも採用されている星氏の作品ですが、ぜひ、新しい読者を獲得し続けて読み継がれていってほしいものですね。

コミュニケーションの覚悟 

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●コミュニケーションが上手く行かないとき、いつも自分に言いきかせることがあります。それは、

1,コミュニケーションは絶対的に受け手が正しい。受け取った側の解釈がすべてで、こちら側の思惑など何の価値もない。だから「そんなつもりはなかったのに」という言い訳は通用しない。

2,コミュニケーションにおいてコントロールできるのは自分の言葉と行動だけである。考えるべきは自分がどう変わるかだけ。相手が自分の都合のいいように変わってくれるのを期待してはならないし、そんなことは絶対起こらない。

3,コミュニケーションにおいて超えがたい自他の断絶を感じても諦めてはならない。「コミュニケートする」という意志のみが自分がそこに存在することを可能にしてくれるのである。

ま、簡単に言うと「めげるな!」ってことですね(笑)。

画像はボクの好きなM.C.エッシャーの絵です。

コミュニケーションのことを考えると、いつも彼の作品が頭に浮かんでくるんですよね〜

公式サイトはこちらです。

新カテゴリー作成 

イエロー・マジック・オーケストラ(US版) イエロー・マジック・オーケストラ(US版)
YMO (2003/01/22)
Sony Music Direct
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調子に乗って新しいカテゴリーを作ってみました。

「私を作った言葉と音」です。

簡単に言うとアフィリなんですけど、なんというかセレクトショップを作る感じで、自分に今まで影響を与えてくれた本と音楽を紹介してみたいと思います。

でもって、第一弾にご紹介するのが、このアルバム。YMOの『イエロー・マジック・オーケストラ(US版)』です。

こう書くと年がばれるのですが、このアルバムを中学生の時に聞いたときの衝撃といったらもう。電気に打たれるというかなんというか、まあ、とにかくショックでした(^^)。

ある世代にとってのビートルズみたいに、なにかこう「波をかぶってしまった」 もうその後の物の見方、感じ方に決定的な影響を受けてしまいましたね。

お気に入りのトラックは「東風」「中国女」そしてなんといっても「マッドピエロ(気狂いピエロ)」!

のちにゴダールの映画のタイトルを見て、「あ、YMOのマネしてる」とトンチンカンなことを言ったのは、ほかでもない私です(^^;)

YMOに関しては一回ではとてもでないけど終わらないので、またいつかご紹介したいと思います。

それでは。



サイトアップ 

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えーと、学習塾ブレスのサイトをアップしました!

画像はそのトップページです。

実物は右下のリンクをクリックしてください。

いつものことながらボクのムリを形にしてくれるスタッフの石原君には感謝、感謝。

これでやっとネット上の基地ができたので、ここを起点にこれからどんどん情報を発信していきますね。

これから何日間かかけて細かい修正を重ねていき、さらに何ヶ月かかけて第2期、第3期の工事をしていこうと思っているので、ぜひこまめに見に来てやってください。

どんどん変貌していくブレスサイトに乞うご期待。

それじゃ、次は「論文オンライン」のサイト行ってみようか〜

サイト作成中 

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いよいよサイト作成が本格的になってきました。

初めての写真のアップが修羅場の机の上(^^)

これから7月いっぱいこんな状況が続きまする……

ブログもそろそろきちんと公開むけに整えなくてはです。

とりあえずテンプレ変えてみましたけどどうでしょう