書くことについて 

書くことについて思ったことをちょっと。

前々から感じていたことだけど、書く=考える だな、と。

あるいは、書く=気持ちの固定化 かな、と。

前々回の投稿で、モーツァルトと向田邦子のことを書いたけど、ちょっと語弊があったかも。

「頭の中に全部できあがっててあとはそれを紙に書いて出すだけ」と書いたけど、これは半分あってて半分合ってないと思う。

たしかに文章を書くときというのは頭の中に何かがあってそれを外に出す作業なんだけど、それは言葉にする瞬間にそれが何だか自分でも初めて分かるというものであって、言葉にするまえに頭の中に言葉として存在している訳ではないと言うことです。

ややこしくて申し訳ないんだけど、つまりモーツァルトや向田邦子は、自分の中にあるモヤモヤを外に出すときに非常にうまく引っ張り出しているんだろうな、ということ。

最初に出てきた一言、一音から次々と次の言葉や音を紡ぎ出して、それが自然と大きな構成と細部の調和を創り出していく。

そんな芸当ができない我々(っていうか私^^)は紡ぎ出す前にここは通るかんね、と印となるような言葉を出しておいてから紡ぎ出す、ってことだと思う。

でもってモヤモヤを言葉にしながら考える。言葉にすることで初めて自分の考えていたことがはっきりする、ということ。

だから支離滅裂な文章ができたら、それは考え自体が支離滅裂であるということ。分かりづらい文章にしかならないということは分かりづらい考えであるということだと思う。

内容がいいのに表現が今ひとつ、とか表現の細かいことに目くじら立てずに内容を読みとれ、とかいうのはだから本質的におかしいんだよね。

では。

天神の湯 

はい、本日はたわいもないことをひとつ。

今日も一日サイト用の原稿を書いてました。

なので基本的には目新しいことはありませぬ……

でも今日は、あまりに肩こりがひどいので、仕事を終えて、家から車で20分くらいの所にある「天神の湯」という天然温泉に行っていきました。

ぬるめの露天風呂に入ってぼ〜っとしてると何とも気持ちがよい^^)

泉質も良く、思わず長風呂してしまいました。

でもって、今帰ってきて記事を書いているわけですが、なんかリラックスしたせいか、次々とサイトの文章のアイディアが出てくる。

風呂にいく前より頭が明晰な感じ……

これはなかなか良いかもしれません。

煮詰まったときは天然温泉。

しばらくこれでいってみようかと思います。

サイトテキスト執筆 

リハビリ二日目。

サイトのテキストを執筆しています。

世の中には構成も何も考えずにいきなり書き出して名文が書けちゃう人がいるらしい。

音楽におけるモーツアルトみたいに、頭の中に全部できあがっててあとはそれを紙に書いて出すだけ、というひと。

向田邦子なんかはそんなタイプだったらしいね。


う、う、うらやましい……


自分は書き出す前に構成をキッチリ考えてからでないと文が書けないタイプ。

字数と段落構成、書き出しからオチまでみんな考えてから書き出す人。

それでもって名文どころか普通の文章がやっと書けるかどうかなんだからやんなっちゃう。

ま、文章の書き方のスタイルもひとそれぞれだからね。

ただ、論文に関してはそういうのがあまりないから定型化して人に教えることができる。

だからボクも飯が食っていけるってわけですな(笑)

リハビリ開始 

えーと、3か月間ほど放置しましたかね。このブログ。

この3か月間、なんだかんだと色々ありまして、なかなか更新できませんでした。

まあ、何と言っても今はサイトのリニューアルにとりかかっていまして、その仕事でてんてこ舞いなんです。

でも、サイトが完成すると同時にこちらのブログにもリンクを張ることになりそうですので、今から毎日更新するクセをつけときましょう。

そういった意味を込めて「リハビリ開始」です。

それでは。